宇宙から見える国境線と人類のゆくえ

平和絵本プロジェクトが完結したことで、さまざまな感想を各方面からいただいています。友人の汐見稔幸氏から下記のようなメールをいただきました。

「先日、国際宇宙ステーションに半年近くいて帰還した古川聡さんが、宇宙ステーションから見たら、地球には国境はない、みんなみんなあのきれいな星の同じ住民なのだ、それなのにわざわざ国境を引き、それをめぐって戦争をくり返してるのが、何ともおかしいことに思えてくる、と語っていました。

空から地球を見るということは、われわれをはるか上空から見るということで、それは神の視座の近くに立つということだと思います。神の視座を手に入れるには、宇宙から地球を想像するということが大事だと思い知らされたのですが、その古川さんが、でもたった1箇所、国境が見えたところがあったといっていました。

それはインドとパキスタンの間の国境だったそうです。そこだけ点々と火が線状につい ていて、宇宙から見ても異様な感じだったといっています。その意味で、インドとパキスタンの住民が、同じ地球の住民なんだという深い平和思想を獲得していくということは、現代の歴史でもっとも大事なことになるのだと思います。


(平和絵本誕生の背景>

1998年、パキスタンのラワルピンディで開催された児童劇を見た時のこと。パキスタン兵に扮した10歳前後の子どもたちは、カシミールに侵入したインド兵をやっつける激しい戦闘場面を演じた後、原爆を搭載したシャヒーンロケットをみんなでかかえて舞台を行進した。観衆は熱狂的に国旗を振りながら国歌を歌った。


ヒロシマ生まれの私は驚いた。原爆をいとも簡単に子どもが小脇にかかえて行進する風景、そして人を殺すたびにどっとわきあがる歓声……。通りには原爆実験地を模した記念碑やロケットの記念碑が空に向かってそそり立っている。その背景に領土や宗教、文化や政治経済などさまざまなものが存在しているにしても、子どもたちは、常に大人世界から受け継いだ憎しみや恨みを確実にそのまま引き継ぎ育っている。


しかし考えてみると、この風景は決してパキスタンやインドに特有のものではない。アメリカも日本も含め世界各国は、宗教や政治や文化を通じて「いかに自分たちが優れているか」という国家主義の推進に余念がなく、狂った大人の哲学と実践を迷いもなく子どもたちに押し付けている。「歴史は繰り返す」とよく言われるが、歴史が繰り返すのではなく、同じ哲学や同じ生き方で育てられた子どもたちが大人になって同じ愚かしい行為を繰り返すのである。大人の間違いを繰り返さないようにするためには、大人はどこで間違ったのかを次の世代に確実に伝えていくことこそ必要なのに……。


 ヨーロッパでは十数年前に、フランスやドイツなど12カ国の編集者が集まって「ヨーロッパの歴史」という歴史的な共同出版物を生み出した。政治経済や国境をめぐって長年争ってきたヨーロッパの国々が、共同で歴史を解釈し直し、議論しながら「過去」を共同で執筆したこの本は、今日、未来に向けての羅針盤ともなっている。そして、こうした考えの基礎に今日のヨーロッパ連合EU)の哲学や方針もある。イラクの石油の権益をすべて握りながらも民主主義の道をイラクに説くアメリカ外交とは基本的に異なり、EUは独自の道を歩んでくことを歴史から学びながらも実践している。


 絵本や物語を通じた国際共同出版プロジェクトは、こうした国境を越える切実な課題をさまざまな価値観をもった専門家と共同で試行錯誤しようという考えから始まった。1998年来のこの試みが今、いよいよ形になりつつある。先日ネパールで行われたICLC主催の共同出版会議では、インドから来た16歳のサジャード君が新しい視点を提起した。夜を徹した激論の中で、印パの専門家がお互い物語の結論をめぐって激しく議論し結末 に苦悩した時のことだった。「国境の意味は子どもにはわからない」と彼は言った。国境とは大人の思考の産物である。これは参加者の心に強烈な印象を与えた。子どもたちは大人以上に必死に未来を探そうとしている。踏みつけられている子どもたちの声に耳を傾けること−そしてそれを表現し伝えていくことが必要なのだ。


 本のタイトルは「Listen to Me!」と決まった。この1冊の本には希望が託されている。インドやネパールの出版社は、ヒンディ語ウルドゥ語ネパール語、英語での出版を確約。すべての関係者及び国際交流基金アジアセンターやユニセフ(ネパール)の協力支援に感謝したい。ネパール会議は小さな会議ではあったが、とても感動的で歴史的な歩みであった。


そして14年後に夢は実現した。4冊の平和絵本が誕生したのであった。