アメリカはどこへ行くのか?オバマアメリカ新大統領の就任演説を聞く

−2009年1月20日

アメリカ第44代バラク・オバマ大統領の就任演説を聞いた。若さや希望を感じさせる実に力強く見事な演説であった。政治家というよりもまるで国民に説教する牧師のように感じたのは、アメリカの大統領職は、政治家であると同時に道徳的精神の具現者でもあるからであろうか。 しかし多くの問題も感じました。

現実世界は、この演説のようにはうまくいかないが、しかし演説なしには、現実世界の羅針盤も作れない。この1年後、どのような大統領が生まれていくであろうか?ある人は、オバマ氏の演説に対して「戦争の臭いがプンプンする」と述べています。演説をよく聞いてみると、確かに彼はハト派ではないですね。どの箇所にも必要ならば軍事力の行使はためらわないという姿勢が明確です。

またある人は、「オバマ氏は、アメリカを今までの「身勝手で高圧的、非常にしばしば強暴な大国」というあり方から脱却させようとは考えていない「独裁や暴虐を許さない」と言えば聞こえは良いですが、同じ言い分と共に大量破壊兵器所持という言いがかりを付けてイラクに土足で踏み込み、同じ言い分で同じく踏み込んだアフガニスタンでは傀儡視されている現政権からさえも「民間人攻撃を止めろ」「さっさと出て行ってくれ」とぼやかれています。オバマの主張は今までのアメリカの政権の枠内から一歩も出ておらず、「夢」とやらを共有しようにもあまりに新味に欠けるのです。」 と述べています。その通りです。イラクを引き上げた兵隊が、アフガニスタンへ派兵されるのです。

アメリカという国の構造、は戦争経済で成り立っているだけに、これからはアフガニスタンパキスタン、イランへなどへソフトそうに見えても実はかなり強硬な戦略などがこれから表面化してくることが考えられます。アメリカは、イラクではすでに石油権益を掌握しており、その膨大な利益によってイラク軍人や外国人雇用部隊に治安を任せれば十分やっていけるし、あとはアフガニスタンのテロ対策があるということですが、これはアフガニスタンのテロ対策といよりもむしろ「パキスタンの核」の存在をどのように掌中するかが、戦略の中心ではないかと思えますね。パキスタンの核の拡散を最も恐れていますからね。

ソフト外交を全面に出しながらも、ハードな爪をちらつかせるのが最上の戦略なのです。


ですから、国務長官になったクリントン氏の言うように、これからアメリカがフトパワーになれるかどうかは大いに疑問です。政治の世界では、即効性を見せつけないと国民はいつまでも附いてこないからです。アメリカの経済が好転していく材料はまずありませんが、経済が好転しない限り、黒人の初めての大統領とはいっても、国民はいつまでも附いてはいきません。そしてその不満を解消させるためにはきな臭い解決法が求められてくるのです。ブッシュ政権よりもはるかに強烈に解決法が求められるでしょう。

戦争経済の行方は、オバマ氏の軍事産業界やユダヤロビーとの関係で決まってくるでしょうが、これに関しても希望的観測はありません。大統領選挙の過程で、オバマ氏やクリントン氏がどれだけ大きな支援や協力を取り付けてきたかを考えると、関係団体にほとんど身動きできないのは間違いないでしょう。

大統領の存在は、海岸に打ち上げられたガリバーのように、目には見えない無数のロープで体が縛られているからです。 新大統領の登場によって、いい夢を願いますがが、悪夢にならないことを祈るのみです。

演説の美辞麗句では未来は形成できません。オバマ氏が本当に自分の信念で動き始めるときがあるとすれば、リンカーンのように強力な反対派の誕生を意味してくることを痛感しますから、1年後には孤立し浮き上がってしまうことも感じられます。 理想が強ければ強いほど、その陰は鮮明に出てくるからです。こうしたことを考えながら、演説をよく読んでみると、なかなか意味深長な表現がたくさんあります。

ただオバマ政権の誕生は、これまでの黒人差別の歴史に明快な回答を出してくれました。全世界の有色人種の人々の存在を大きく励ましたことは間違いありませんし、ネットなどを使って新しい市民参加を促したことも新しい方向性です。ですからなにかを期待するという気持ちは大切にしたいものですが、アメリカという「国」の権益の塊のしがらみから離れることは至難の業でしょう。

しかし、本当の意味でアメリカの再生を望むなら幸運を祈るのみです。