刑務所の中に子ども図書館を!(その2)

子どもの牢獄とは、パキスタン社会の深刻な矛盾がそのまま反映されている。貧しいが故に犯罪を犯したり、無知な故に投獄されたり、家族から見放されていく子どもたちに、文字や絵や写真や職業訓練を通じて励ましていこうとする試みは、小さくてもこの社会に小さなインパクトを与え始めていた。

  こうして私は2000年暮れ、3年半に及んだJICAの専門家の仕事を終えてパキスタンを去った。そして東京にNGO組織を設立したが、最初のキラン図書館設置のとき、私はパンジャブ州政府の法務省の監査官から「パキスタンの中で、唯一の女性の刑務所であるムルタン刑務所と子どもの刑務所の中で大規模のファイサルバード刑務所にも、キラン図書館を是非設置して欲しい」と強い要望を受けていたのを忘れることはなかった。

 パキスタンの子どもたちに対する思いはそのまま続いていたが、2002年カラーシャのわだ晶子さんを通じて、日本・パキスタン協会の「美穂子基金」の協力でムルタンの女性刑務所にキラン図書館の設置が本格的に検討されることになった。
そのため私は、パキスタンで唯一というムルタン女性刑務所を訪れていろいろと事前調査を行った。


女性の識字率パキスタンに限らず男性の約半分ぐらいの低さであるが、この刑務所に収監されている女性の250名のうち約8割以上の女性は全く読み書きができない非識字者であった。そしてその大半がパキスタンイスラム刑法「フドゥード法(Hudood Ordinances)」によって被害で入牢していることを知ったのは大きなショックであった。

 この法律はレイプされた女性は、イスラム教徒男性の証人を4人出すことができなければ姦通したことになり、拘留あるいは最悪の場合、死刑に処せられるという悪法で多くの女性が入牢していた。この法律は男女関係で恣意的に使われて多数の女性が被害にあっているのであった。

2007年の現在この法律は廃止され、多くの女性は釈放されたといわれているが宗教保守派の反対によって、どれだけの女性が釈放されたか実態は定かではない。そして殺人で死刑を求刑されている冤罪の姉妹とか多くの女性たちの話を聞いたが、みんな知識や情報に飢えていた。そして読み書きできることを願っていた。

 そこで「美穂子基金」の協力で2003年にムルタン刑務所の中に第2館で目ある「キラン図書館」が設置された。 私はアディアラ刑務所のキラン図書館支援だけでも続けられたらいいと思ったが、第2館のムルタンのキラン図書館が設置できたことで躍り上がりたいほど嬉しかった。なにかが動き始めたと感じた。パキスタンを動かすのは小さなことでいい。草木から紙漉きの運動を始めた経験でそう思った。

 そして第3館のキラン図書館は、2004年に念願のファイサルバードの刑務所内に、東京外国語大学の名誉教授であった鈴木斌氏の遺贈金により設置された。鈴木先生の遺志は、さらに妻の公子さんを通じてさらに第4館のカラーシャのルンブル谷に住む少数民族の子どもたちの図書館(これはわだ晶子さんの意志によって設置されたもので、ルンブル谷に住む子どもたちが幅広く利用している。)や第5館として、2007年3月に設置されたぺシャワールのキラン図書館設置にもご協力を惜しまれなかった。

こうして現在、パキスタンでは5館(4館は刑務所内)のキラン図書館が設置されてある。毎年一回は現地を訪れて改善のための調査などを行っているが、子どもたちから「もしキラン図書館がなかったら、僕は勉強することのおもしろさを知らなかった。いろいろの本が読めるようになって考えが広がった。学ぶことは楽しい。コンピューターに初めて触ったとき、怖かったが今では自信がもてるようになった。今、人生に希望を持っている」など多くの反応を得ている。嬉しいことだ。

 キラン図書館の動きは、ヤウンチ図書館として軍政下のミャンマーで、作家・ジャーナリスト協会の協力を得て、ヤンゴンほかに3館が設置された。いずれにしても、こうした努力とは、この情報化時代の大きな流れと変化のなかで、知識や情報や技術などの基本的な識字の力で、社会の最も苦しい状況のなかで生きている子どもや女性たちを励ましていこうとしている。知は万人のものであるだけに、こうした社会から最も阻害された子どもたちを知的なレベルから救うことは本当に必要なことだと思っている。
 この努力はたとえわずかでも、彼らには生きるための元気さや人間らしさを暖かさが必要で、「この社会はあなたたちを決して見捨ててはいないよ。いつもしっかり見守っているから、元気を出すんだよ。希望をもつんだよ」という証しになるのではないかと思う。

 子どもの犯罪ーそれは大人の犯罪の裏返しである。大人に利用され、犯罪者と仕立てられている子どもたちだけに、かれらはわずかの精神的な励みによっても、いくらでも蘇生し、いくらでも元気を取り戻す出す存在である。

キラン図書館は、パキスタン社会の絶体絶命の環境の中で生きている子どもの存在に知的な救い手をさしのべようとしている試みだ。皆さんの支援をお願いしたい。

iclc2001@gmail.com