忘れやすい民族の日本人は、なぜ歴史の教訓から学べないのか!原爆と原発被災

昨年の5月と6月、私は、福島のいわき市で、ボランティア活動でワークショプを行なった後、宮城県仙台の宮城野区岩手県の釜石や大槌などの被災地を、ヒッチハイクをしながら自らの足でひたすらに歩きました。車窓からではなくひたすらに歩いたのです。

私は、時の止まったような時間の中で、人々の嘆きと涙を感じながらも瓦礫の中をひたすらに歩きました。大変な悪臭の中ではありましたが・・・行けるところまでバスで行って、そこから海岸まで歩きました。それは約4キロの道のり。家はことごとく倒壊し、海岸あたりの松の木による防砂林は、津波でなぎ倒されていました。こうした風景を是非、子どもたちに見せたいと思いました。テレビやパソコンではなく生に感じる体験ーこれが現在では、最高の教育だと思ったのです。思考力や想像力は常に現場で鍛えられるものなのです。


私は、21世紀における人間の普遍的な生き方を求めて、アジア地域で長年リテラシー活動を行っていますが、今回の被災でますますどうしようもなく難しい課題を感じます。原発の拡散は、世界中で廃止の方向へ動く様相を見せながらも、実のところはますます強化されています。フランスでは78%の人々が反対を表明していますが、原発廃止からは程遠い状況です。福島の事故が決定打となって全廃を決定したドイツのような国はほとんどありません。

近い将来、深刻な問題となってくるのは、中国、インド、韓国、ロシアなどの原発建設と原発産業の強化でしょう!彼らの頭は強権と利権によってガラス化されているようで決して軟弱ではありません。、おそらく、取り返しのつかない事故が起きても、決して原発を止めることはしないでしょう。つまりいずれの国々も原発による目前の利権構造を失いたくないからです。将来などは全く考えてはいません。彼らは今日と明日の利権が大切なのです。

どこの国の若者たちも、深刻な宿題をかれらの薄い甲羅の上に載せられています。その重圧に耐えて、果たして生き延びられるでしょうか? 地中深く埋められた高濃度の放射性廃棄物のガラスの固形物は早く全廃しないと、世界各国の子どもたちの細胞を数百年にわたって汚染し続けていきます。そして生物が健康的に生きられない地球を創ってしまうのです。しかも高温度をを放出する「放射性廃棄物」を数百年にわたって管理しなければなりません。

昨年9月、イギリスの核物質運搬船が、「高レベルの廃棄物」を載せて青森県の小川原港へ運んできました。ガラス化され個体化された「核のゴミ」が76本あったそうです。これは日本の電力会社が「輸入」する形で引き取ったそうですが、函館税関に支払った金額は、63億円もかかったと朝日新聞は伝えています。最初は1本が4000万円、現在では8000万円もかかる「核のゴミ」は、1995年、フランスから始まり、最初は28本でしたが、2007年までには1310本、合計額は755億円にのぼっています。こうした費用もすべて電力会社は、電気料金の値上げに上乗せしているのです。

こうした「核のゴミ」は、核燃料のリサイクということで巨額の費用をかけて日本が引き取っているのですが、これらの「核のゴミ」をさらに再処理するためには、今後も巨額の費用がかかります。しかし肝心の再処理の具体的な方法論でも事故が多発して技術的には不可能な状況に追い込まれていますし、青森の六ケ所村は、すでに物理的にも「核のゴミ」の受け入れ不可能なスペースに追い込まれています。

こうした中で、どうやって原発の未来が見えるというのでしょうか?日本中を核のゴミと放射能で覆い尽くすんでしょうか?自然や健康をすべて犠牲にして、地球の子どもと未来を担保にして、人類は絶滅への道をたどっているのです。


政治家とは、足尾銅山鉱毒問題と取り組んだ田中正造のような人をめざすべきです・・・人々を助けるためにすべてを投げ打ってでも、人生を真実に果敢に生きる!原発問題を具体的に解決するためには、だれもが田中正造のような生きることを学ばなければなりません。21世紀を生きるためには、あらゆる可能な方法を使って、それぞれの立場から具体的な脱原発を進めていくことです。それは日本という枠組みを越えて、地球全体に及んでいくべきです。

宇宙や自然をこよなく愛した宮沢賢治ー彼が生きていたら原発の拡散に対していかなる発言や行動をしていたでしょう。大地や海洋が高濃度の放射能に汚染され、解き放たれた家畜が群れをなして大地を彷徨うとき、賢治の魂は悲しみと怒りでうち震えていることでしょう。「おかあさん、ほうしゃのうがこわい」と叫ぶ3歳のこどもたち・・・こうした環境をだれが作り出してきたのでしょうか?

広島や長崎は核爆弾の被災によって、全世界にその悲惨さを伝え、福島は4基もの原発事故で世界にその惨劇を伝えています。こうした惨事から日本人はいかなる教訓を学んだのでしょうか?昨夜は、私は日本で起きた有史以来の大地震津波を調べてみました。それはそれは恐ろしい数字がでてきます。三陸地震や南海地震など日本列島では、繰り返し繰り返し大惨事が発生しているのです。なぜ忘れやすい民族の日本人は、こうした歴史の教訓から学ばないのでしょうか?地球という自然は生きています。そのため、いつなんどき人間は、ノアの大洪水のような非常事態が地球に起きるか予測できません。地球は激しく息をして、激しくマグマを吐き出しています。このような自然の中から、人は決して許されない原発エネルギーを自然の中から取り出したのがすべての悲劇の始まりでした。それを奨励してきたのは、近代科学者と経済家と政治家たちです。

真実は、必ず浮かび出てきます。悲しみと怒りで・・・・どんなに隠しても隠しても、福島原発での被爆の結果は、近い将来、福島や宮城など最も深刻な形で子どもたちや海の生き物を襲うでしょう!チェルノブイリ原発事故では、25年間にすでに100万人の人々が被災によって亡くなったと報告されていますが、IAEA国際原子力機関)やWHO(世界保健機構)などは真実を伝えていないのです。

子どもたちを救え!とは現在の日本や世界の悲痛な叫びです!