ビルマの山中での物語ー雲の夢想録から

ビルマの山中での物語ー雲の劇場
「あるとき、私は、ビルマのチン州の山の中にある小さな村を見つめていました。」と高い空に浮かんでいた雲が言いました。
「その山々は言葉でも表現できないくらい見事なチークの林に覆われていました。この地域には数多くの少数民族の人々が住んでいました。「でも、人間って不思議な存在ですね。ちょっと言葉や生活のしかたが異なるだけで、すぐ人間は区別を始めるんですからね・・・・・私たち大空に浮かぶ雲は、どんなに形が変化しようとも、雲はいつまでも雲のままー元はと言えばみんな水なのにね・・・・・・」と大空の雲が話を続けました。

「今日は、私が見たお話をしましょう・・・ビルマのチン州の深い深い山奥に貧しい村がありました。その村に住む一人の若者は生活に、人生に疲れていました。いえ彼だけでなく村に住む若者はみんな生きる希望を失っていました。。ビルマの貧しい生活に疲れていたのです。」
と雲は語りました。
「俺はもうこんな山奥に住みたくない。」と若者は大きな声を出して言いました。
「村にはなんの仕事もない。この国の軍人はすべてを独占し、俺たちの自由を奪った。俺たちには、もうなにもできない!!いつまでたっても、この貧乏から抜け出せない。軍人たちは、俺たちの目を奪い、口を塞(ふさ)ぎ、耳を閉いでしまった。・・・・・なぜビルマは豊かにならないんだ。なぜ奴らは俺たち少数民族を馬鹿にするんだ。俺はこの山を下りよう。これから大きな町に出て会社員になる。給料取りになるんだ。もう山の中は嫌だ!」

若者は、涙を流して制止する母を振り切って、チン州の険しい山道を5日間も歩いて大きな町へ出ていきました。彼は学歴は無かったのですが、彼は山の中のことをとてもよく知っていたので、運よく会社員になれました。彼が働く会社は、この国でも有名な材木会社でした。給料は高級ではありませんでしたが、心は嬉しさではちきれるような気がしました。彼は一生懸命に働きました。

会社の社長はよく「わが社はこの国で一番の売り上げを誇る材木会社じゃから・・・どんどん木を切って、どんどん材木の輸出量をふやせ。中国や日本など外国の金持ち連中がチーク材を待っている。」といつも話していましたが、社長の命令を受けると、彼は喜んで自分でチークの山に乗り込んでいくようになりました。

彼は木のことをよく知っていたのです。チンの山奥のどこにチークの巨木があるかということはほとんど村人から聞きだしていたのです。大木を見るととてつもない金額に見えました。そしていつの間にか、彼の足は故郷の山へ向かっていきました。そして瞬く間に故郷の山々に生えていたチークの巨木が次々と切り倒されていったのです。

彼はどんどん会社内で昇格していくので、誇らしさで胸が一杯でした。はちきれるような嬉しい思いでした。しかし心の奥底にはズキンとした鋭い痛みが走るのを覚えるのでした。故郷で会った友達やお母さんが、いつも哀しそうな表情で、彼の巨木探しを見つめていたのです。
「ネッ!お願い。木を切らないで・・・大切な木を切ったら今に恐ろしいことが起きるから・・・木を持っていかないで・・・・」と幼なじみの女友だちが言いました。でも彼は耳を傾けようとは思いませんでした。

「なーに、山は大きいんだよ。果てがないんだよ。大きな木をどんどん切っていかないと若木が育たないだろう。若木はあっとう間に大きくなるからね。・・・それに俺はもっともっと働いて、高給取りになるんだ。そうしたらお前と結婚しに迎えにくるからね。お母さんだっていい暮らしができるよ」
そういって、故郷の村に生えていた巨木をすべて切り倒してしまったのです。会社の社長は大喜びでした。あっという間に故郷の山々などは丸裸になっていきました。




それからしばらく過ぎていったとき、かれはある日、友だちから自分の故郷の近くの山で大きな土砂崩れであったことを知りました。その報を聞くと、長雨の中を歩いて、急いで故郷へ帰っていきました。彼は給料をもらったときは、何度か帰郷したことがありましたが、最近は全く帰っていませんでした。するとなんとしたこと・・・いつも村を見下ろす峠に立ってみたとき、村がありません。村全体が眼前からそっくり消えていたのです。
自分の家族や近所の家だけでなく―幼い頃から遊んでいた小さな川、楽しかった学校の建物など―全部の姿が消えていました。しかも隣の村々まで大きな土砂ですべてが埋まってしまっていたのです。

「おかあさん!」と大声で呼んでみましたが、たくさん折れ曲がった木々が土砂に混じって、風に吹かれて揺れているだけでした。小さな十字架が泥に埋まっていました。女友だちのものでした。話によると村人たちは全部土砂に埋まってしまったということでした。

「ああああ・・・僕は町の会社員になりたいと思ったばっかりに、山々の木々を全部切ってしまって土砂崩れの原因を作ってしまった。故郷の山々や人々をすべて亡ぼしてしまった。」
かれは泣き叫びながら故郷の山々を彷徨(さまよ)いました。



それから、彼はチンの山に帰ったのか、あるいは町に帰っていったのか・・・・誰も知りません。
町の中でも山の中でも、彼の姿を二度と見ることはありませんでした。しかし今でも、チン州の山々には、チェンソーの音が響きわたっているのです。

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雲は言いました。
「私はチンの山奥でこの話しを聞いたのです。たくさんの木々が悲鳴をあげて苦しんでいること・・そしてたくさんの若者たちが悩んでいることを・・・・・・ーチン州の貧しい若い娘たちは、国境を越えて隣の国の男たちに身を売りに行き、エイズという死の病にかかって帰ってきました。若い男たちは、マラリヤのはびこる故郷を出て、材木を切り倒すために都会の材木会社へ働きに出ていきました。

鉄のチェンソーは容赦なくチークの巨木を切り刻んでいきました。そして、あちこちの集積所にチーク材が集められると、次々とトラックに載せられて金持ちの住む国々へと運ばれていったのです。これはすべて軍人政府の闇取引だと言われていました。地元の悪徳商人や中央の役人たちが深くからんで賄賂が横行していました。かれらは自分の懐だけを肥やしていたのですから。美しい風景は次々と消えていきました」
と雲は言いました。

「それからしばらくたったとき、アウチンと呼ばれる小鳥が、チンの山々を越えて空高く舞い上がっていくのを見ました。」と雲は言いました。
「それはチン州ではよく知られている美しい小鳥で、メス鳥をバォコク・ヌーと言い、オス鳥をバォコク・パーと言いました。」と雲が言いました。
美しい森を失った小鳥は、気でも狂ったかのように、羽ばたきながら、大空へ上昇していきました。そして、これ以上に飛べない高さまで達したとき、小鳥は羽を閉じると・・・・地上に向かって落ちるように飛んで、地上に激しく衝突して死んでしまったのです。チンの小鳥は、最愛の伴侶が殺されたときには、その死を悲しむ余り、このような形で死の選択するのですが、今日のアウチンは最愛の「森」を失ったことに激しい怒りや悲しみを感じて死の抗議を行ったのです。


「私にはチンの小鳥の悲しみがよくわかります」と雲が悲しそうに言いました。
「豊かな森が消えていく哀しさと恐ろしさ・・・・」
今、ビルマの人々は、まるで小鳥アウチンのように、激しい情熱をもって、自由を求めて、限りなく大空へ大空へと昇っていっています。限りない大空へ・・そしていつの日か、激しい怒りをもって、木を伐採する人たちに激突するのです。」
と雲は語りました。

「あなたには見えますか?今、ミャンマー全土で、自由を失った無数のアウチンたちが、嘆きながらも雄々しく大空に向かって次々と舞い上がっていく姿を・・・・・」

雲はそう静かに語り終えると、ビルマの大空から静かに去っていきました。